エドワード・サイードとのインタビューを集めた『文化と抵抗』の177ページで「二流の職なし学者であるダニエル・パイプスとかいう名前の人」として、彼は私に言及している。私がどの等級かは意見の問題だが、私が雇用されているか非雇用かは、事実の問題である。しかし実情は、たまたま十階建てのオフィスに私は有給で雇用されていて、フォームW-2がそれを証明している。
その点についてさらに言及すると、(中東フォーラムのような)シンクタンクは、多くはアカデミックな思想警察の不満のために、政策形成における主導的な役者として、過去二十年のうちに浮上してきた。大学に雇われている人は「ひどく誤った情報を与えられていることに不平をこぼ」し、「政策起業家」だと、あからさまに名を呼ぶ。だが、事実は、時期に適った分析やしばしば分別ある助言を提供するので、シンクタンクが耳を傾けられるのだ。
それ故、コロンビア大学の英語比較文学の大学教授は、それを再び取り違えてしまった。経歴の正確さは、ほとんどエドワード・サイードの強味だったことがないので、ほとんど驚くべきではない。(2003年6月20日記)
2003年6月23日追記: 本日付『カウンターパンチ』の著述で、サイードは「バーナード・ルイスやダニエル・パイプスのような、ネアンデルタールの広報係やオリエンタリスト」に言及する。幾つかの応答を誘い出す表現を。(1) 私には、彼の「ダニエル・パイプスとかいう名前の人」公式より、こちらの方がずっと好ましい。(2) この名誉ある古い用語を中傷に転換した人にオリエンタリストと呼ばれることは、なんと印象的であろうか。(3) シルヴェストル・ド・サシ、エドワード・レイン、マックス・ミュラーの壮大な伝統に私を置いて、オリエンタリストと呼ばれることは、なんという賛辞であろうか。(4) サイードは、満足そうに、風変わりな左派のウェブサイトやエジプトの新聞用の著述に引き下げられている。
2007年3月1日追記: (ロバート・アーウィンによる『危険な知識:オリエンタリズムとその不満』の『論評』誌上の書評で) マルティン・クレーマーは「今日、自己宣言したオリエンタリストは全くいない」と書いている。彼はこのウェブ記載項目を見逃したと、私は想像する。