中東学者のダニエル・パイプス氏が、それほど多くの政治的な友人と敵を持つのは何ら驚きではない。保守的なコラムニストでテロ対策の分析家で、十八冊の著書ないしは共著のある彼は、筋金入りのイスラエル支持者で過激なイスラームの辛辣な批判者である。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の同盟者には「中東に関する権威的なコメンテーター」として賞賛され、幾つかのアラブ系アメリカ団体には「反イスラミストの急進者」だと決めつけられてきた。彼はまた、中東フォーラム(www.meforum.org)の設立者で、とりわけキャンパス・ウォッチと呼ばれるウェブサイトを持っている。それは、合衆国のカレッジでどのように中東研究が教えられているかをモニターするものである。
アラブ世界で民主主義を広める見通しに関する、グローブ・シティカレッジでの4月5日6日の「ジェファーソン氏が中東へ行く」(お問い合わせ: 724-458-3302)というスター勢揃いの会議で、パイプス氏は木曜日の夜に基調講演をする。火曜日にオーストラリアのシドニーから私は電話でパイプス氏に話した。
Q:イラクの戦争に行くことに賛成でいらっしゃいましたが、進歩したか後戻りしたか、どのようにお考えですか?
A:私は賛成でした。その地域やイラク人にとって、そして我々自身にとってのあらゆる危難と共に、サッダーム・フセインの支配を除去するキャンペーンに賛成し続けています。2003年4月からずっと、合衆国政府とその同盟は、実際にそうであるよりもっと低い期待を持つべきだと、私は論じてきました。イラク人達を大人のように扱うべきだと。我々ではなく、彼らが自分自身の将来、運命を営んでいくのだと理解すべきだと。そこでの我々の役割はせいぜい助言です。そして忍耐強くあるべきだということ。それで、期待が低くなるほど、時間軸が長くなるのです。
Q:それは、政策の点で、我々が今していることにおける重大な変化を意味されていますか? 撤退を公表すべきでしょうか?
A:部隊数は私の問題ではありません。それは部隊の配置と役割です。私は三年間、部族間を調停し、送電網を再建する手伝いをし、学校建築を監督するためにアメリカ軍を行使することに、抵抗してきました。それは、誤った軍隊や我々のお金の使い方だと私には思われます。イラク人がその担当になるべきです。我々は国境線を見張り、残虐がないことを確かにし、石油とガスが出てくることを確かめながら、部隊を砂漠のそこに保持すべきです。さもなければ、イラクをイラク人に任せるのです。
Q:ご自身の政治観をどのように定義されますか?
A:保守派です。
Q:中東で戦争に行くようブッシュ大統領に話したと伝えられるネオコンのお一人ではないのですね?
A:私は新保守派だと呼ばれてきました。新保守派が保守派とどう違うのか、正確には知りません。
Q:ブッシュ大統領の中東政策の目標や手法について、概して同意されますか?
A:手法よりも目標に、ずっと私は同意しています。サッダーム・フセインを取り除くという目標や、自由で繁栄したイラクを持とうとすることが価値ある目標だということを信じるイラクの一例を、ちょっと出しました。私はその施策を批判します。同じことが民主主義にも言えます。私は民主主義がその地域にとって大目標だと思います。その施策を私は批判するのです。それは速過ぎ、アメリカ的過ぎ、あまりにも'昨日片付けた'に過ぎると考えます。
Q:ブッシュ政権は、今もっとスムーズに事を行かせるために、何かすべき主要なことがありますか?
A:タリバンを取り除いたり、サッダーム・フセインを取り除いたりという、善いことを我々はしました。忌まわしい全体主義体制を取り除くことは、本当に我々の役割の範囲です。
これらのことは基本的に副次活動だと私が見ていると、付け加えさせてください。アフガニスタンとイラクが枝葉の問題だという戦争、深い戦争、長期にわたる戦争に関与しているのです。本当の問題は、グローバル現象である過激なイスラームが我々に宣言した戦争です。それは既に長年進行中でした。それで、我々はまだその発端にいるのです。それが本当に主要な問題です。
Q:最近、私は外交政策専門家のピーター・ガルブライトさんとイワン・イーランドさんに話しました。お二人とも、機先を制するか、イラク内戦を取り去らせる一つの方法として、イラクの三分割に好意的です。それについてお考えは?
A:そうですね、近隣が満場一致で反対しますし、イラク人はそれを恐れていますので、多くのチャンスがあると私は思いません。
Q:中東における合衆国政策はどうあるべきでしょうか?
A:そうですね、今日のように、もはや専制君主あるいは独裁者―せいぜい、選ばれなかった官僚の支配下にはないという大統領の中東展望を、私は支持します。しかし、それは数ヶ月ではなく、数十年かかるであろう長期プロジェクトです。それを心に留めてアプローチする必要があります。
第二に、もし我々が早く行き過ぎるならば、よくあることですが、パレスチナ領で最も劇的に我々が見てきたように、最も熱心な敵に権力をもたらすでしょう。そこでは、テロ組織(ハマス)が多数のパレスチナ人の支持を勝ち取ったのです。アフガニスタン、イラク、レバノン、リビア、エジプト、アルジェリアでも、それを見ることができます。
その地域の人々が本当に全く準備できる前―「全体主義的な誘惑」と私が呼ぶものを彼らが超えて行ってしまうまでは、その過程を押すことについて、今回しているよりも、もっとバランスが取れて穏健な世界観を持つように、非常に警戒しなければなりません。
Q:追いつくために、彼らは多くのなすべきことがありますか?
A:不完全な類似を与えるなら、ドイツは1933年から1945年まで忌まわしい期間を経由しました。ムスリム世界の状況はそれほど悪くはありませんが、比較できます。特に悪い時代を通っているのです.....我々の目標は、教育プログラムやその他の手段を通して、ムスリム世界がこの戦争を超えて動くよう助けることです。根本的に、我々はムスリム世界の実質的な少数派との戦時下にあるのです。そして、我々は彼らと戦時下にあります。なぜならば、彼らは我々に対する戦争を宣言し、我々はそれに答える必要があるからです。
Q:イラク戦争から学ばれた最大の教訓は何ですか?
A:サッダーム・フセインの圧政という束縛から釈放するために我々が与えた並々ならぬ好意に対する、イラク人の忘恩です。彼らは急速に、自分達がしたこととして、我々は付随的だったのだ、と解釈してしまいました。彼らは、我々を幾分重要ではないもののように書いてしまっています。
Q:イラク占領あるいは侵攻が成功だったか失敗だったか、どのように我々は知るのでしょう?
A:あぁ、それは成功でした。サッダーム・フセインを取り除きました。それ以上は、着氷です。