ジョン、ありがとう。皆様、おはようございます。ジョンには、私の所に来て話していただくよう試みてきましたが、今、その代償をいただいたように感じています。前から意図したように、真心込めてご招待いたしますよ。
幾分か代替的な見解を提示するためにご招待されたのだと思います。皆様を失望させないとよいのですが。
ダニエル・パイプスの講演に感謝するジョン・L・エスポジトの短い書簡 |
イスラームとイスラーム主義の間には、大きな相違があります。手短に申しますと、信仰対イデオロギーを表しています。イスラームは約14世紀の古きにわたる宗教です。あるいは、ムスリム見解では、それよりもさらに古いのです。イスラーム主義は、20世紀のイデオロギーです。確かに、あるものは初期の書き物や思考に源泉を持っておりますが、大変に同時代的な現象です。現代人による現代の諸問題に対する一つの応答です。イスラーム主義は、政治運動でもあります。それ故に、米国政府による政治的な応答は、全く適切なのです。今日の世界における唯一の反米的見解という、結合力のある敵意に満ちた組織として、当然のことながら、かなり米国の注目を引いています。
ジェレジアン大使のお考えを取り上げますと、イスラーム主義は社会的不公正の結果だとのことですが、私見では、アイデンティティの問題と大きく関係しております。大きく複雑な議論をたった二、三語でまとめますならば、過去二世紀のムスリム世界が、中世期の尋常ならぬ記録とは対照的に、トラウマを経験したことから生じているのです。中世には、ムスリムは人類営為の多くの分野で指導者でした。今日、多くの諸問題と共に、ムスリムは概して、同じ分野で人後に落ちてしまったのです。1798年にナポレオンがエジプトを征服したのが、象徴的なターニング・ポイントでした。その後200年間は、大まかに申しますと、何が誤っていたのかを理解しようとする苦難の時期でした。フラストレーションは激しいものです。ムスリムは、強くあるべきだと感じていますが、自らが弱いことを見出すのです。多くの思想家や政治家達は、過去二世紀以上、この苦境を説明し、出口を提供しようとしてきました。イスラーム主義は、そのような一つの回答なのです。(イスラーム法によれば充分に生きてはいない)堕落を説明し、(イスラーム法によって生きる)解決を提供するという両方です。
イスラーム主義は、ムスリムであるという感覚と関係があります。そして、非ムスリムに呼応して権力と富という用語に翻訳されるべきものと関係があります。社会的不公正や経済的剥奪という特定の諸問題とはほとんど関係がありません。不公正あるいは不毛に陥った人々が、イスラーム主義に転換しなかった多くの事例があります。(サッダーム・フセイン下のイラクやムッラー達の下にあるイランのことをお考えください。)
イスラミスト達は、イスラーム的な生活様式を保持しようとして、非常に防衛的です。あまりにもしばしば起こることとして、そのような恐れが好戦性へと変質します。特にイスラミスト達は、大変に反米です。といいますのも、米国は-個人主義、消費主義、はち切れんばかりの大衆文化と共に-彼らが対抗して闘うすべてを提示しているからです。
イスラミスト達は、米国をひどく恐れています。その魅惑と多くの魅力で、イスラームの真の道から人々を逸らせるだろうことを、です。彼らは、この国を偉大な誘惑者だと見ています。権力よりも文化が問題だと気づいてください。かつてアヤトッラー・ホメイニ-が「我々は、経済制裁や軍事介入を恐れてはいない。我々が恐れるものは、西洋の諸大学だ」と言ったように、ハンバーガーやブルー・ジーンズではなく、より一般には高文化を体現している大学について語っていることに注目してください。西洋の高文化がイスラーム主義者達を脅迫しているのです。ずっともっと可視的な形の低文化よりも、です。
イスラミスト達は何を望んでいるのでしょうか。天下を取ることと、ムスリムおよび非ムスリムその他の誰をも支配することです。まさにその本質によって、大変に攻撃的な様相を帯びています。
米国でさえ、この野心から解放されてはいません。ここで天下を取る望みを自由に認めるイスラミスト達さえいます。ニューヨークの世界貿易センターの爆破は、この外観の一症状です。これにもかかわらず、イスラミストのメッセージを拒絶するムスリム達が、イスラーム主義の最初で最大の多数の犠牲者であるという傾向は、強調できます。ある著名なトルコ将軍の言葉ですが、彼らにとってイスラーム主義は「公共の敵ナンバー1」なのです。
20世紀におけるこのような運動のイメージの中で、イスラーム主義は過激なユートピア運動だと私は考えています。イスラーム的な香りのする全体主義版を体現しています。エスポジト教授は、穏健なイスラーム主義と極端なイスラーム主義とを識別されていますが、この分類に私は納得しません。私は、目的にではなく、策略のうちに、この単なる相違に過ぎないものを理解しております。無記名投票を行使する全体主義者達は、結局のところ、暴力的な手段を行使する人々とほとんど変わりはありません。ヒトラーがスターリンよりもより少ない脅威でしたか?
1991年から92年頃に、ここで、その馬鹿げた考えが持ち上がってきました。没落した共産主義ブロックに変わって、新たな敵を米国において探し始めたというのです。しかし私は、まだ誰かがこう言うのを聞いたことがありません。「よろしい、冷戦は勝利した。次の敵は誰か?赤は終わった。今度は緑に向かおうぜ」。発生したのはむしろ、世界中でアメリカの権益を新たに査定すること、そして、イスラーム主義がアメリカの権益にとって真の脅威をもたらすという発見を新たに査定することでした。本件は、一晩で現れたのではありません。1985年に発表したフォーリン・アフェアーズ掲載の論文で、冷戦がまだ大変に活発であった時に、イスラーム主義は問題であり、アメリカの外交政策はそれに適応しなければならないと、私は述べました。(訳者注:「フォーリン・アフェアーズの1985年の論文」とは、'Fundamentalist Muslims Between America and Russia'を指し、1986年夏号に発表された。本文はhttp://www.danielpipes.org/279/fundamentalist-muslims-between-america-and-russiaを参照のこと。)
アメリカ政策に戻って、5つの手段を提案いたします。
第一に、イスラーム主義の脅威の矢面に立っているムスリム国家および非ムスリム諸国を支持することです。米国は他の優先事項をもちろん持っていますが、その一つは、私達を対象とする国際的なイデオロギーを抑止しております。確かに、アルジェリアの民主化過程の挫折は、いずれにせよ快く是認できないものです。ですが、ジェレジアン大使がほのめかしたものが、その理由にとって必要だったと私は思います。なぜならば、イスラーム主義を引き継ぐことは、事実上、続く年月において、民主化プロセスの終焉という結果になったであろうからです。
第二に、イスラーム主義国家、特にイランとアフガニスタンとスーダンに、隣国や自国民や米国に対する攻撃性を削減するよう圧力をかけることです。
第三に、イスラミストで暴力に従事しているグループや運動は、つまりはテロ組織であると分類することです。その後、それらを打ち負かすよう働くことです。
第四に、イスラーム主義運動や国家とは協力を避けることです。明らかに、時には、彼らと協力せざるを得ないこともありますが、これはごく稀にすべきです。誰が主要な脅威かを理解することは、時には、過ちを犯す同盟関係に入ることを意味します。ちょうど、冷戦期にワシントンが、反共産主義者だった物騒な諸政権と同盟関係を維持したように、今日の国際諸政策の現実は、イスラーム主義に対する同様の努力を必要とします。
そして最後に、肯定的な点として、総選挙ではなく市民社会を促進すべきです。(最も劇的にはアルジェリアでの)経験が示すように、もし、ある政府が解散総選挙をすれば、イスラーム主義者達は大変うまくやれるのです。というのは、彼らのみが既にあるべき場所を持っているからです。ですから私達は、総選挙をある過程の始まりと見なすべきではなく、頂点だと見なすべきなのです。自由意志の諸機構、法の支配、少数派の権利、私有財産権その他といった、市民社会を立ち上げる長い過程から始めるのです。市民社会が徐々に発展した後になってようやく、総選挙にとっての適切な基盤が存在いたします。
つまるところ、私達はイスラームについて語るべきではなく、米国にとっての深刻な問題としてのイスラーム主義について語るべきなのです。そして、この敵意に満ちた新たな形式の全体主義に対抗する、強く知的な立場を取るべきなのです。